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東京地方裁判所 平成10年(ワ)13099号 判決

原告

日新火災海上保険株式会社

被告

千代田火災海上保険株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告の訴外岡安良一に対する判決が確定したときは、原告に対し、金一九〇万二六九七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、以下に述べる交通事故(以下、「本件事故」という。)につき、原告が、訴外有限会社永岡鍍金工業所(以下、「訴外有限会社」という。)との間で、被害車両(被害車両については後記)に関して自家用自動車総合保険を締結しており、被害車両の損害金から免責金額である七万円を控除した一九〇万二六九七円を右保険契約に基いて支払ったことにより、訴外有限会社が訴外岡安良一(以下、「訴外人」という。)に対して有する損害賠償請求権を、原告が支払った限度で代位取得したことにより、加害車両(加害車両については後記)について、訴外株式会社トヨタレンタリース東京(以下、「訴外リース」という。)と自動車保険契約を締結していた被告に対して、保険契約または債権者代位権に基き、損害賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実または書証により明らかな事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成八年五月二二日午後五時八分ころ

(二) 場所 東京都江戸川区平井五丁目三〇番先

(三) 加害車両 訴外人が運転していた普通乗用自動車(品川三三わ一五六八、以下、「加害車両」という。)

(四) 被害車両 訴外有限会社が所有し、訴外永岡正光が運転していた普通乗用自動車(足立三三め二二六二、以下「被害車両」という。)

(五) 態様 訴外人が加害車両を運転して、進行方向の信号が赤を表示していたにもかかわらず、本件事故現場の交差点に進入したため、折から右交差点を青信号に従い直進していた被害車両に衝突し、さらに、被害車両が、右折のために停止していた訴外川畑知博運転の普通乗用自動車に衝突した(甲第三号証)。

(六) 結果 前記の衝突のため被害車両が損傷し、その修理代として一八六万八三一〇円、レッカー代四万六九三〇円及びこれらに対する消費税として五万七四五七円の合計一九七万二六九七円の損害が生じた(甲第五号証)。

2  責任

訴外人には、前記事故態様に照らし、民法七〇九条に基づく損害賠償責任があることが明らかである。

一方、被告は、訴外リースとの間で加害車両について自動車保険契約を締結しており(訴外リースは記名被保険者に当たる。)、本件事故は右保険期間内の事故である。

加害車両は訴外リースがレンタカーとして貸し出したものである。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、訴外人が許諾被保険者の地位にあるか否かである。

1  被告の主張

本件加害車両は、訴外リース江戸川営業所(以下、「訴外営業所」という。)が、平成八年四月九日に訴外小澤正秀(以下、「訴外小澤」という。)に対し、貸出期限を同年五月九日までとして貸し出したものであり、本件事故は、訴外人が右返還期限後に使用していた際に起こしたもので、自動車保険約款賠償責任条項三条一項三号の「承諾」がないから、被告が責任を負うことはない。

2  原告の主張

訴外リースは、貸出期限が経過しても訴外人に加害車両の返還を求めたこともなく、使用期間経過後も定価の二割引で使用料金を計算していることから見ても、訴外人が加害車両を使用することを黙示的にでも承諾していたものであり、被告は本件につき損害賠償責任を免れない。

第三当裁判所の判断

一  加害車両は、平成八年四月九日に訴外小澤に対し、貸出期間一か月、使用料金なしという条件で貸し出されていたものである(乙第一及び第五号証)。

加害車両が一か月というレンタカーとしては比較的長期間にわたり、しかも無料で貸し出されるということは、レンタカー会社の契約としては、極めて異常なものであるが、その理由としては、以下のような経緯が認定できる(証人古川修一、乙第一号証、第四ないし七号証)。

1  訴外小澤は、平成八年三月一九日に、訴外営業所から二三時間の使用ということでトヨタマークⅡを借り出したが、返却されなかったため訴外営業所では乗り逃げ事案として本社に報告していた。

2  同年四月二日か三日に、訴外リース本社からの連絡で、江戸川区平井の「中沢企画」という事務所の前にレンタル車両があるとのことで同車両を引き上げに行ったところ、右事務所は暴力団事務所のようで、当日は組長の葬式で車両の引き上げどころの話ではなかったために回収できずに終わった。

3  同年四月九日、訴外小澤が訴外営業所に来店し、車両を引き上げに行ったこと等を激しく難詰したため、訴外営業所の所長に着任早々であった訴外古川修一(以下、「訴外古川」という。)は、これに対処するために、同月九日から同年五月九日まで一か月間無料でレンタカーを貸与することを承諾してしまった。

二  次に、貸与した後の経過としては、前記各証拠により以下のとおり認定することができる。

1  平成八年四月二二日、訴外小澤が訴外営業所に来店し、レンタル車両の不良を理由に車両の交換を要求し、右要求に応じて貸与したのが本件加害車両であった。

2  同年五月八日、訴外人が訴外営業所に来店し、料金後払いで使用期間の延長を申し入れてきたが、訴外古川はこれを拒絶した。この際には、加害車両に乗って来店したが、五月九日までは貸与する契約をしてしまったために、返却を要求することはできなかった。

3  加害車両の返還期限である五月九日を経過しても、訴外小澤及び訴外人ともに訴外営業所を訪れず、訴外人から電話による連絡があるのみであった。

その内容は、金を持って延長の契約に行くとの話であったが、訴外古川は、延長を認めるかどうかに触れないで、早く来店して料金を払うように求めた。

4  訴外古川は、訴外人から連絡がある度に、訴外リース本社と連絡を取り、訴外人の来店が予定される際には本社の人間に待機してもらうまでの準備をしていたが、訴外人はその後も来店しないままであった。

5  同月二〇日、訴外人から訴外営業所に連絡があり、同月二三日返却するとの連絡があったので、訴外古川は、訴外リース本社と相談の上、訴外人の方で返還すると言っているので様子を見ることにした。

6  しかし、右返還予定の同月二三日の前日である同月二二日に本件事故が発生し、訴外人から本件事故の発生を伝えられて訴外古川が事故現場に急行したところ、事故の相手方や警察官はいたが訴外人は既におらず、加害車両は全損状態であるにもかかわらず、訴外小澤及び訴外人から何の連絡もなく、車両損害金も車両使用料金も支払われないままになっている。

7  訴外リースはこの件を警視庁小松川警察署に伝え、強要罪で被害届を警察署に提出するに及んでいる。

三  以上の認定事実を前提に、訴外人が許諾被保険者といえるかどうかについて検討する。

1  まず、訴外リースが貸し出したのは訴外小澤であるところ、事故を惹起したのは訴外人という別人であることが問題となりうるが、これは、加害車両の返還期限前である平成八年五月八日に、訴外人が加害車両を実際に使用しているところを訴外営業所の人間が現認していることからみて、この時点では、訴外人が許諾被保険者であったものと推認することができる。

2  次に、契約上の使用期間を経過している点であるが、結論的には、訴外人の許諾被保険者性は失われているものと評価すべきである。

すなわち、前記認定のとおり、訴外リース側に平成八年五月九日以後に訴外人の加害車両の使用を認める積極的な言動は一切なかっただけでなく、訴外リースは、訴外人に来店を促し、その場で車両の返却と料金の精算を図ろうと努力していたものと認められる。

たしかに、訴外リース側で訴外人に対して加害車両の返却を強く迫った形跡はなく、また、車両引き上げのための準備を現実的に行ったとの立証はない。

しかしながら、加害車両を無料で貸し出さなければならなくなったのは、一度車両引き上げに行って成功しなかったことも影響している上、車両のように移動性の高い物品を引き上げることは相当困難な事柄であるから、具体的な引き上げの計画がなかったからといって、直ちに黙示の承諾があったものと推認することはできない。

また、レンタカー料金を定価の二割引で計算している(証人古川、乙第六号証)ことも、やや不自然との感は否めないものの、訴外営業所では貸出期間が過ぎても違約料や延長料を取らない(証人古川)ことからみて、訴外人による加害車両の返還期限後の使用までも認めたものと推認することはできない。

3  訴外リース側の訴外小澤及び訴外人に対する対応にははなはだ不適切なところが多々あるが、基本的には訴外リースは、訴外小澤及び訴外人から損害を被った側であり、レンタカー会社が無料でレンタカーを使用された上、返還されるのかされないのかもはっきりしない状態で、さらにレンタカーの使用を認めるというのは通常考えがたいことである。本件においては、訴外リースの対応が不適切であったために新たな被害者を出現させてしまったことは問題であるが、しかし、訴外営業所も随時本社に連絡をとって善処しようと試みていたことも認められ、訴外リースが訴外人に対して本件事故当時において、黙示的にでも使用を許諾していたものと推認すべき事情は認められないと言うべきである。

四  したがって、原告の本件請求はその余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 村山浩昭)

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